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2008年4月26日 (土)

ビル風被害に悩まされる京急蒲田西口周辺

 昨日、京急蒲田西口再開発準備組合総会に来賓として参加の帰り、安藤電気跡地ビルがすさまじいビル風が吹いてきた。近所のお店の看板も吹き飛んだこともあるという。次にそのまま京浜アーケードに入ると今度はメガネドラッグの方から風が拭いてのぼり旗が強くはためいていた。それは最近市街地開発で建てられたビルの影響だという。そのまま呑川の誠心調理師学校ビルに向うと自転車が進まないような勢いだ!近くの人に聞いたら銭湯で以下のような話をしていたと言う。「本当に強い風だ、蒲田4丁目付近はそこのけそこのけ風が通で風の街になってしまった。人間が住むにはもっと自然が無くては」

 これに本丸の再開発ビルが始まったらどうなるのだろうか? なんとしても風洞実験が必要と思う。皆さんいかがですか。

2008年4月24日 (木)

蒲田総合病院の存続が危ない!ことを区担当部局は知らないと委員会で答弁

 つい最近の区保険福祉委員会で同僚の質問に担当理事者が「蒲田総合病院の事態について把握していない」という答弁だったいうことの報告を受けた。

 やはり、事態は知られていない。まず知らせることが重要。今日からそのことに重点を置く。

2008年4月23日 (水)

委員会の正福委員長から日本共産党うを排除今年はどうなる?

 昨年は従来の、”議席数によりドント方式で決めてきていた各常任委員会(5)、特別委員会(4)の委員長、副委員長のポスト”から日本共産党を排除して与党で独占するという暴挙を行いました。自民党のみならず他党も組しない限りできないことです。理由は選挙で23区で1区だけ実施した豪華海外視察(一人80万円+仕度料)等の報告書を複数参加者がウキペディアや他人のレポートを採用していたとしてマスコミに日本共産党大田区議団が記者会見し、広く区民の怒りをかったものです。そのことを逆恨みしこの暴挙に至ったものですが民意を正しく反映するという議会制民主主義を多数の力でこわすものです。

 今回、 正して本来に戻すよう議長に区議団として要請しました。まもなく議事運営委員会が開かれる予定です。世論を喚起し、少数意見も尊重すると言う民主主義の生きた大049田区議会になるよう全力を尽くします。

2008年4月22日 (火)

後期高齢医療制度に区民の怒り

事務所の近所の区民の方から質問が来た。扶養している母(90歳)に後期医療証が届き、蒲田総合病院に2回ほど通院したが保険料どうなるのか、葬儀料は国保時と比較して減るのかである。役所に聞きに行ったら「保険料は10月からさかのぼって払う、今は払わなくて良い」と言う。「これまでの説明は半年間、扶養だった人は凍結と言っていたではないか」そこで役所の担当部長に聞いたところ「払わなくていい」とのことだった。葬儀料は7万円で同額。問題なのはさかのぼって払うと説明受けたこと。本日確認のうえ対処することにした。

それにしてもこの制度の周知の仕方はひどい。政府のゆきずまる医療制度抑制路線と決別しなければとつくづく思う。医療内容も変わり差別医療と言われる由縁は審議会の診療報酬の改定で「後期高齢者の継続的な管理の評価」では新たに「後期高齢者診療料」が持ち込まれ「月一回600点の定額制」に。このままでは必要な検査などができなくなる恐れ。元厚労省局長の堤氏は「姥捨て山」と呼びました。

 病床の削減は今年4月から本格的です。「地域ケア構想」を策定、12年まで実行。『中央公論』3月号にベッド削減計画の作成を担当した元財務官僚の村上氏が「このままでは医療・介護難民が発生する。今から考えれば心配になる」と告白。

今後計画される「医療費適正化計画」「医療計画」は減らす数値目標です。総務省も「公立病院改革ガイドライン」で廃止・統合を検討。 4月から始まった特定検診制度にも問題が起きています。

 なぜこのような医療崩壊が生まれたのでしょうか。それは臨調「行革」で77年の健康保険法改定の時14項目の基本的考え方」が示されましたが現在につながる財政難を理由に国民の負担増です。そして81年の第2次臨調答申で受益者負担の名目として負担増と医師や病院の抑制を明確にし、82年に老人保健法を成立させ83年から有料化されたのです。この時以来負担減から負担増に逆転したのです。86年には医学部入学定員を10%削減し、さらに削減を続けOECD 平均から30カ国中27位に転落です。

 この理論的根拠にされたのが元厚生労働局長の吉村氏の唱えた「医療亡国論」です。同時に医師過剰論も唱えました。しかしサミット参加国中日本の医療費は最低、負担は最高です。医療費経済学者の仁木氏は「歪んだ医療保障制度」と指摘。

 そしてこの背景にアメリカと財界の要求があります。96年に当時の経団連は豊田ビジョンを発表し社会保障はほとんど企業負担であり好ましくない、自己責任制度を前提にすべきと指摘、それを政府として具体化したのが01年からの骨太の方針です。経済成長と医療費は何の関係も無いのに03年に財務省が「公的医療保険の大幅な見なおし」として現在に至ります。アメリカもオリックスの宮内代表などといっしょに国民に医療費を負担させる市場開放を要求。各党は民主党含めて賛成してきました。

 国や企業が医療や社会保障は国の負債であるという誤った考えを切り替えて医療充実こそ国の活性化、雇用創出効果、経済的波及効果が大きいとの正しい見方に立っていびつな財政構造を変えるためにもがんばろうと思います。

2008年4月21日 (月)

蒲田総合病院存続と分娩再開を求める署名

 署名行動が始まりました。6月の議会に向け区長への陳情と議会への要請を行っていきます。

蒲田病院内での署名を患者さんが職員にも呼びかけ、職員さんがすぐさま15筆集めてくれました。皆さん、何としても厚生労働省が昔通り直営で公的病院として運営するよう大きな運動にしていきましょう。ご協力ください。 

9条の会七辻・蒲田2周年記念つどい

 「七辻・蒲田9条の会」2周年記念つどいが19日の午後、東六郷老人いこいの家で会場満杯約40名の参加者で行われた。ほぼ毎月のように各駅前で署名行動を行ってきた。

 田口代表委員を先頭に来る日も来るひもたゆまず行い、13回で署名数は592筆を数えた。佐藤書名担当者が丹念に記録してくれていたことが感動した。

 折りしも、情勢は憲法改悪推進の立場の読売新聞でも改憲反対が世論調査で過半数になったという画期的な情勢で、そのきっかけが全国に9条の会が発足してからだという。

 自信を持って今後も進むさらに沖縄戦の軍による集団自決関与という大江健三郎さんらの勝訴は教科書から削除の根拠としたことが崩れた大勝利続いて自衛隊のイラク派遣が憲法9条違反という判決等の宮川弁護士記念講演に参加者一同確信を持ちました。司会進行役は青年の佐藤さんと高野さん、さわやかでした。会場から発言してくれた秋山さん、秋元さん、村田さん、引っ越して遠く板橋から来て平和のフルートを奏でてくれた石倉さん、ありがとうございました。 募金を訴えてくれた三川さん、おかげで当面の活動を進められます。受付を担当した小林さん、菊川さんごくろうさま。準備をしてくれた南蒲田の皆さん、本当にご苦労様でした。

 さあ、住民の過半数の署名達成に向け、新たな出発です。

2008年4月16日 (水)

社会保険蒲田総合病院の存続と分娩再開を求める署名のご協力を

 3月29日、蒲田病院の分娩再開を求める緊急集会を南蒲田の産業プラザ1階で開催したところ、緊急にもかかわらrず約30名の参加者がありました。蒲田病院の職員も3名参加していただき、「蒲田病院の存続と分娩再開を求める地域連絡会」をとりあえず結成し、地域や議会、区長にも呼びかけ厚生労働省に、公的存続と分娩再開を求めて6月末まで署名運動をはじめることになりました。

 詳しいことは今後順次お知らせしていきます。

2008年4月 6日 (日)

後期高齢者医療制度に怒りの抗議手紙ー区長へ

 南六郷の女性が区長に抗議の手紙を送ったと連絡が黒沼区議に資料が届けられた。

内容は以下のごとく。

「大田区長様、初めてお手紙いたします。先日、79歳の私に書留で後期高齢者の医療証が届きました。今まで後期とか、前期とか言われたことが無かったのでどこでつくった日本語なのでしょうか、夫は4歳若いので後期高齢者と言われていませんが私はもう日本人として生きているのは無用だから一日も早く死んでしまえと言うことなのでしょうか。とても失礼な言われ方です。私は長寿の祝いどころでは無く、姥捨て山へ行ってしまえというのですね。今までは、「長生きして元気ですね」と言われ、『ありがとう』と言っていましたがこれからは『すみません』『ごめんなさい』と言って生きていかなければならないのですね」。

 これにはどういう返事が返ってくるかわかりませんがいずれにしても切実な内容であり、制度の無慈悲さが伝わってきます。

 これからこの制度の廃止に向け運動を進めますがよろしくお願いします。P1000357

太古の蓮と言われる大賀蓮です。

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