工業高専卒業生還暦の祝い同級会でのこと
39年ぶりに鶴岡工業高専の同級生と山形で還暦の祝いで会った。浦島太郎のように顔を見てもすぐにはわからなかったが徐々に思い出した。
当時、全国の高専は、産業界に期待され、実際同僚は、名だたる企業に就職し今日の定年退職寸前まで働いてきた。確かに優秀な人材が集まっての同級会であった。それぞれが一角の人生を築いていた。東芝、日立、本田などで働いてきた旧友達だったが私がひときわ注目された。それは日本共産党の議員という異例の人生を歩んだ稀有な存在としてである。
特徴は二つあった。ひとつは、転職した人も少なくなく実に波乱万丈で、高専出身と言えども「この資本主義日本での苦労しながら保障された順風万歩の人生では決してなかった」ということだったのでしょうということ。その証拠に大半が暖かく私を迎えてくれた。
しかも日本共産党の議員という生き方にさまざまな興味を抱いてもらったと言うこととこと山形の彼らの世界では今なお、日本共産党というのは普通でない存在として見られており、その意識のなかで突然黒沼が共産党議員として39年ぶりに再開したということだったのでしょう。
この変化の中での再開を実に楽しく過ごさせていただいた旧友の努力に感謝しつつ自分の生き方の大切さを改めて認識した次第です。
やがて10年後にも会えたなら雪解けのように打ち解けて未来を楽しく語れるように十分に生きて行くことが意義ある人生ではないかと思った週末でした。

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