私のWebに戻る

フォト
ブログ:ココログ

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月26日 (火)

要介護認定者等の障害者控除の実績その2

 アクセスされた方に至急連絡取りたいのですが申し訳なくメッセージが消えてしまいました。それでブログにてお知らせします。

 ケアマネージャーの提出する申請書に添付されているかかりつけ医者の診断がAになっていることが確認書のスムーズに受け取れる条件です。Aは最も軽いものです。

 今後さらに法律をせまくしないで、広範に控除制度を受けられるよう開催中の第1回定例会でも全力をあげますがそこを窓口で聞いてみてください。

 その後さらに確認書を受け取っている方が増えています。がんばりましょう!P1030743

国会議員の笠井亮さんも法の徹底でがんばると新年のレセプションで決意を語っています。

2008年2月14日 (木)

大田区はアスベスト被害調査を宮寺石綿だけにとどめるな!

 大田区はアスベスト工場がいたるところにありました。餅焼き器にも使われるなど広範だったからです。にもかかわらず調査だからと労災病院からの報告に基づいてだけ行われているのは、厚生労働省からの石綿ばく露の健康リスク調査からみても危機意識の欠けた部分的な調査に留まり被害の拡大を食い止めようとする体制に欠けるものです。石綿には種類もあり、毒性も異なり、工場ごとに使われ方も千差万別です。一刻も早く調査を広げ、検討委員会へのデータをより事実に即したものにするためにも改善を求めます。

2008年2月10日 (日)

要介護認定者等の障害者控除の実績広がって喜ばれています

 昨日、要介護認定者の障害控除がまた受けられ、税務署で還付されました。

 喜びの声が六郷地域から伝わってきました。区のホームページと区報が日本共産党区議団の指摘と黒沼良光議員の度重なる議会、委員会質問で改善されたことも区民にわかりやすく知られることとなりました。

 普通、重度によって、また所得はレベルによって異なりますが3万円から5万円ほど戻ってくるのですから公明党の言い出しっぺと採用した自民党のにっくき老年者控除廃止を少しでも補うこともできる控除です。一人でも知らないで控除できなかったと言うことの無いよう大田区が今後少しでも法の主旨にのっとり、拡大できるようがんばります。P1030779

2008年2月 4日 (月)

要介護認定者等の障害者控除があまり知られていないのは?

 税法上の障害者控除の対象とされる高齢者は障害者手帳を持っていなくても要介護・要支援認定高齢者も当てはまります。知っていたでしょうか。

 大田区の各地域行政センター地域福祉課で認定書を交付してもらいそれを添付し確定申告すれば障害者控除として、所得税27万円、住民税26万円、寝たきり等の特別障害控除なら所得税40万円、住民税30万円を書き込み各税務署に提出できます。そうすれば3万円から5万円ほど還付されおおいに助かることになります。

 これは公明党が言いだしっぺで自民党が採用し廃止した老年者控除50万円をかなりカバーできるものと考えます。ぜひ活用ください。

 大田区のホームページと大田区報の記載がここまでわかりやすくなるには本当に闘いでした。最初は障害者控除に1行か2行でそっと書かれてあり、ほとんど気づく区民がいませんでした。介護制度で障害者手帳も持っていないのにまさか対象になるとは夢にも考える人がいなかったからです。

 区議会で私は何度も質問し、ここまでようやくきました。窓口に言ってもそんな制度があるとは区の職員も正しい知識を持っていなくて認定書を発行してもらえないのが昨年までありました。実は5年さかのぼって申請できますのでそうして権利を回復してください。

 実はさらに問題があります。「障害者6級程度」というのと、「狭く解釈してはならない」という国会答弁を日本共産党国会議員団は厚生労働省から引き出していますが、要支援からすべて認めている自治体と主治医の意見書にAとなければ認めないという大田区など「障害者6級程度」をめぐってなお自治体ごとに違いがあります。ここを厚生労働省の答弁に沿って国民が使いやすいように改善していく活動が求められています。第1回定例議会で黒沼はがんばります。Photo

2008年2月 1日 (金)

水上勉・不破哲往復書簡「同じ世代を生きて」

 「無言館」館主の窪島誠一郎氏水上勉氏の子息です。その窪島誠一郎氏がー父と不破さんの「交心録」―として「地下茎で結ばれる、ということ」というタイトルで往復書簡に載せています。そこかしこに心を赦しあった男同士だけが持つ、率直かつ親愛に満ちた心情が吐露されている。不破さんの「内通と干渉の記録」「エンゲルスと『資本論』」執筆時の裏話や、国会質問で取り上げた原発問題についての付言などは、おそらく「心友」以外には打ち明けることの無かった一級資料であると言えるでしょうし、不破さんの京都市長選の候補者支援の要請に対して、ふだんそうしたことには慎重な父が二つ返事で快諾し、じつに手早く推薦文を書いて寄せてきたと言う経緯なども、二人のあいだによほどの信頼関係がなければ実現しなかったことだろう。

 水上氏は夫唱婦随の不破さんのご夫妻の後ろ姿に自分が勝ち得なかった「家庭」のぬくみをみて羨望し、不破さんは父の渺茫たる「創造世界」に魅入られた。戦後日本文学界の一角をになった作家と、政界に良識の火をともし続けた政党指導者との「交心」。そんな二人の社会的立場を超えたきわめて「文学的」なシンパシィがあったと思う。-概ねこのような感想文です。

 何か人間として大きな生き方というものを知らせてもらった気がします。P1000343

写真は青年の皆さんとのスナップですがこうした生き方は青年の皆さんにも生きる参考になると思います。ぜひ一読を!

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »