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2005年11月26日 (土)

国土交通省にレクチャーに行ってきました。

 24日(木)に羽田空港第4滑走路建設に係わってのレクチャーで国土交通省に行ってきました。区の羽田空港対策特別委員会のメンバーで副委員長の菅谷議員といっしょでしたが笠井衆議院議員の計らいで実現しました。
 国交省から9名の課長補佐等が出席しました。「2500メートルの滑走路の構造が半分多摩川にせり出し、桟橋形式であることから洪水時の影響は十分に加味されているのか」の質問に対して「されている」との答弁でした。国際線3万回の内容は石垣島までの飛行距離を参考に考え近距離とするのであくまで混雑緩和としての第4滑走路建設目的であり経済波及効果も30%余増えるのみであるとの答弁をいただきました。
 区議会自民党などが国際線実現で経済波及効果をと選挙などで大宣伝していますがそれ程でもなく、目的は国内線混雑緩和であることがわかりました。
 跡地構想では、もし国際線が成田とのすみわけで、上記の程度でそれ程でもないとしたらやめることでもっと広がり、200㌶から53㌶に縮小された現在ですがあきらめきれない気持ちで帰ってきました。
 やはり区民規模の運動が必要と実感した次第です。

2005年11月16日 (水)

特養ホームを視察して

 30日からはじまる第4回定例区議会で区民に少しでも役に立つ内容で成功するためにと今日、その1つの取り組みとして特養ホームを訪問した。目的は10月から改悪された介護保険法による特養ホームのベッド代、特養とデーサービスの食事代を有料化されたことにより、どのような負担になっているのだろうかを知り、質問に反映させるというものでした。結果は多くのことを知り大成功でした。介護保険からはずされたために有料負担となったベッド代と食事代は減免がない場合、1ヶ月2万8千円の負担増、食事は手作りから弁当になった!その評判は?「量が少なくなったね}の声も。「支払い増なのにまずい」となっては大変と利用者懇談会を近く開いて聞くという。
 やはり保険の限界を感ずる。なぜなら良くしようと思うと保険料高くなるからだ。そうしないためには措置という行政の税金の力で助成していくという方法を探究することが必要と思う。

2005年11月 9日 (水)

青年が握手を求めて!

 今日は朝から晴天でJR蒲田駅東口での朝宣伝も気持ち良く。
 二人の青年が30分ほどじっと聞いていてくれて、去る間際「がんばってください」と握手してくれました。演説というのは反応があるのとないのとでは雲泥の差です。
 内容は日本経団連が政府に消費税を実行するしないで通信簿をつけ献金の額を決めるという報道を知らせながら日本共産党の提案は逆に消費税を下げてGDPの6割を占める個人消費を高めてこそ景気回復と訴え、そのために青年の雇用条件をよくして生きられる収入をと述べた部分に共鳴してくれました。そのためにも巨大な利益を上げている大企業に応分のまともな税負担をと訴えました。サラリーマンもしばし耳を傾けていくなどということはめずらしいことです。

2005年11月 8日 (火)

朝は糀谷駅、夕方は梅屋敷商店街宣伝

 少しでも区民の皆さんに知らせたいとの思いで朝な夕なに街に出て宣伝を心がける。今日は2ヶ所。糀谷駅では菊地さんが同行、激励も多い。
 梅屋敷では「久しぶりですね」とうれしい声をかけてくれるおばあちゃん。本当にそうなのだ。期待に応えて続けることにした。知らせたことは①小泉内閣の甘すぎる大企業減税、庶民には超増税、②区議会の80万円税金を使った日本共産党議員以外の議員で決めた予算にもとづいて執行された11日間の海外視察旅行。みんな「そうだ、」「そうだ」とうなずきながら聞いてくれている反応がわかって確信になりました。

2005年11月 7日 (月)

50代の男性癌で逝く

 病気ひとつ縁がなかったという50代の男性が癌で逝った。以前相談にこられた母親のおばあちゃんはすでに90歳を超えている。左官屋さんで最近の小泉不景気で仕事がなく収入が少なかった上に体調を崩し、やむなく受診した際癌と判明、ただちに入院、手術となった。困ったのは入院、手術代。相談にはこの時点でこられました。
 調べたところ申請減免すれば3か月分免除可能ということでお手伝いしました。あとは少しでも軽く、また手術の成功をと願っていましたがあえなく最後となりました。幸い近所の知人が通夜の日程を当日知らせてくれたので参加できました。
 それにしても政治が悪ければ生きられる人も人生を断ち切られる今の状況です。戦争が最大の人殺しですが今の政治も福祉、医療の貧困で生きる道を断ち切られているような気がしてなりません。日本l共産党に入って37年、その経験を生かしていっそう護民官としての役割を果たさなければと思います。

2005年11月 5日 (土)

ご苦労様の暖かい声

 内閣改造後のすさまじい庶民大増税の公約違反、憲法改悪の強引な動きなどの中、私も月末月始の「赤旗」しんぶん集金活動での各読者訪問時の対話でおおいに感じたことでした。あるひとり親宅に尋ねたときには夕食の頃、奥でお母さんが台所、子どもさんが新聞代を持ってきてくれました。「今、蒲田小学校は北蒲小学校と統合してどうですか?」と聞くと「クラスがうまい具合に3クラスに分かれてくれて少人数で助かったけど運動会のときはひどかった!」との声。聞いて初めて知ることも多い。奥から「ごくろうさま」との暖かい響きをもったいたわりの挨拶。
 政治のひどさがこれからますます吹き荒れるとき、このご家庭の明るさが続くようさらにがんばらなければと思う。

2005年11月 1日 (火)

ある保育園でのやりとり「区は壁隅の破損も直せないほどなの?」

 集金でYさん宅をたずねた時、「大田区はよっぽどお金がないんですか?」と開口一番聞かれました。「こどもの通っている保育園であまりにも長くガムテープを貼っただけにしてある壁のコーナーがあるので直せないのかと職員さんに聞くとお金がこないのですとのことです」「驚いてしまいました」というのです。そこで私が第3回定例会での代表質問を報告した区議会たよりを開きながら説明しました。「とんでもありません、ケチっているだけです。338億円の積立金があります。新たな開発のために使おうとしているので区民の本当に求めているところにはお金をまわそうとしないのです」「そのたねにかえって施設が傷んだりしてしまうので本末転倒だと指摘したところです」で納得してもらえました。さらに日本共産党以外の区議が予算をきめた1人80万円の税金で11日間の海外視察旅行を今月7日から計画していることもお伝えしたところあきれ返っていました。「共産党さん、本当に区民のためにがんばってください」と激励を受けました。

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