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2003年7月29日 (火)

一国の蒲田消防所前交差点存続―模型展示見学

 7月17日区役所一階ロビーに展示された模型を見学に行き、黒沼区議が説明しました。写真はそのときのものです。

一国蒲田消防所前交差点存続運動の展望見える!

 区議選後の大きな地域要求として進めてきた交差点存続の運動の展望が出てきました。 ①地域の声が大きく広がり署名が500名近くにもなったこと。②自治会、町会,商店街、老人会など少なくない団体の協賛,③PI方式だったことがよかったこと、④現地調査をして確信をえたことなどが教訓です。

2003年7月16日 (水)

長崎・男児殺害事件を考える

 本日、「しんぶん赤旗」を読んで私の思いとぴったりする記事に出会いました。以下抜粋です。
 「子どもが自己破壊へ走らざるをえない悲劇的な状況が、日本社会のいたるところで日常的に創りだされているという視点が必要だと思う。
 子どもの権利条約12条は、子どもに影響を与えるすべての事柄について自分の意見を自由に表明する権利を保障している。その意見は正当に重視され、まわりのおとながその声に誠実に対応するという人間関係の中で、好奇心や道徳心を育てていくことを求めている。改めて子どもの意見表明権の保障を重視したいと思う。
 子どもの声をうばい、人間関係を破壊し、絶望と孤独、憎しみへと追い詰める今の学校、地域を含む社会のあり方に目を向ける必要がある。その点で政治の責任も大きいと言わなければならない。
 
 今、子どもや親の責任だけにする自民党などの暴言が繰り返されていますが、以前不登校児について本人と家族の責任という点にせばめる時期が確かにありましたがそれと似ていると思います。
 多くの声に耳を傾けながら社会的病理の側面からも接近して取り組んでいきたいと思っています。

2003年7月13日 (日)

京急西口ー柳通り飲食店害で聞きました

 「羽振りの良かった頃、”稼いだお金を残しておけば良かったと今になって思いますよ”とある会社の社長さんが語っていましたよ」こんなことを夕食を取りに立ち寄ったなじみのお店でおかみさんから聞きました。
 お店自身も大変です。私も相談を受け何とか打開したことがあります。そんなお店のお客さんがそう言うのだそうです。
 「いったい誰がこんな世の中にしたのか」改めて日々の会話の中で実感します。
 出されたおかずはお客さんが伊豆の海岸で収穫したタコや海草です。「こんな良いお店が生き残りずっとがんばってほしい」そう思って一日を終わりました。

2003年7月 3日 (木)

一国の蒲田消防所前交差点を廃止しないで

 選挙後、町会、自治会、老人クラブ、商店会に呼びかけ運動を進めてきました。今、約300名の署名が集まっています。多くの方に知れるにつれ国土交通省、警視庁への申し入れも始っています。
 車いす生活者、自転車など通れなくなるのはバリアフリーなどから見て時代錯誤です。何としても存続するようがんばります。

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